翆泉庵の田舎暮らし

伊豆修善寺の山里から発信します

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成熟の季節をどう生きるか。 ―自ら活力のある日々を創る―  (倉本聰 著)

〇 長く生きることより、どう生きるかに価値がある
高齢者の理想の生き方とは。人生の後半をどう生きるか。よく取り上げられるテーマですね。人それぞれの価値観もあり、一概には言えませんが、一人の人間が誕生して、成長し、やがて老いてフェードアウトしていく中で、大切なのは長く生きることより、どのように生きるかということではないでしょうか。
僕の場合、2点大事にしていることがあります。「創作」の創と作の違いと「海抜ゼロの発想」です。一つ目の「創作」と言う言葉ですが、創も作もつくるという意味ですよね。でも、「創」のつくると「作」のつくるは意味が全然違うんです。「創」は、金や知識がなくても知恵だけで前例にないものを生み出すこと、「作」は、前例に基づいてものをつくることだと、僕は思うんですね。「創」はクリエートで「作」はメーク。一つのドラマをつくるにしても、常に前例がないものを生み出そうとしてきた僕にとって、クリエートの創は、一番大事なことです。
「創」に目を向けると何でもできます。人の役に立ち、感謝され、そのことに喜びを覚えたら生きがいになるかも知れません。思いがけない発見にもつながっていきます。
〇 海抜ゼロの発想とは、スタートした原点に立ち返ってみる。
二つ目は、「海抜ゼロの発想」です。既成概念にとらわれず、スタートの原点に戻って、物事を考えるという意味です。
例えば、富士山に登ったという人に聞いてみると、たいていは、車で五合目まで行ってそこから登ったと答える人が多いんですよ。でも、それだと3776メートルの富士山を登り切ったということにはなりません。海抜ゼロ、つまり駿河湾の海と陸の境目から出発して初めて富士山に登ったといえるのではないでしょうか。五合目からの登山ルートは須走など全部で四つしかありませんが、海抜ゼロから考えると、その選択肢も増え、まっさらの裾野に立つことで視野も広がり、いろいろな方法が考えられるじゃないですか。
富良野を舞台としたドラマの脚本の執筆はシリーズとして21年にもなりました。2、3年ごとに、いったい僕は、最初にこのドラマ発想したのは何なんだっただろう、「北」って何なんだろう、「国」って何なんだろう、「から」は何を言いたかったんだろうと、もう一度このタイトルに戻って、スタートした時の原点に戻って、つまり海抜ゼロに戻って、このドラマの本質を考え直しましたね。「創」をつくるためには、常に「海抜ゼロ」の発想をしていないと分からなくなっちゃうんですよ。「創」とこの「海抜ゼロ」は僕の人生の基本でもあるのです。
〇 この先どう生きるか、しまっておいた夢を取り出してみる。
学校を出て就職したばかりのころ、誰にも夢があったと思うんですね。でも組織の中で新人が夢を実現することはなかなか容易ではありません。どうしたいいか。僕は、自分の夢をいったん金庫に納めてカギをかけて、自分に発言力や実力がつくまでしまっておきなさいと言ってきました。僕もそうしました。ただ、大概の人は40代ぐらいになって社会の中で忙しくなった時に金庫のあった場所を忘れちゃう、カギを亡くしちゃう。そもそも自分が何をやりたかったのかすら忘れてしまう人もいるんですね。
40代、50代になったらそれを思い出すことですよ。取り出してみて、昔の自分はこんなに青臭かったんだと思うなら捨てればいい。でも、今の自分が真っ黒になったから青臭く見えるのかもしれません。それまでの生き方や暮らし方で感じ方は違うでしょうね。僕は、30代後半で金庫を取り出し、それからは開きっぱなしで、若い頃の夢や目標を追求してきました。富良野へ移住してからは、さらに書く題材も増えて、自分らしい生き方をしたという感慨はありますね。還暦や喜寿、定年退職などの節目に再度、初心を振り返るのも意味のあることだと思います。
〇 生きている限り、ときめきたい。心が肥沃であれば、喜びの種は尽きない。
ある老人が健康と元気は違うと言っていたのですが、僕も健康だけでは人生の最終目標にならないと思っています。健康で何をやりたいの。長生きして何をやるの。長寿ギネスに挑戦しているわけじゃないんですから。
老いることは誰もが同じですが、最後の一日まで、楽しく明るく過ごしながら生きた人が一番幸せだと思いますね。
今の僕の目標は・・・朝は早いですよ。6時前には起きています。絵を描いて、文章を書いて、朝ご飯を食べて、テレビを見て、少しウトウトして、昼ご飯を食べて昼寝を2,3時間。夕方に起きて晩ごはんまで仕事して。そして酒を飲んで眠くなったら寝ると。コアラのような生活です。
僕自身は、これまでの生き方に納得もしているので、いつ死んでも怖くない。ただ、生きている間は楽しく明るく過ごしたいという気持ちはあります。
〇 老いてなお活力に満ちた人生を創る。
高齢になって仕事を離れた後、残りの人生をどう生きるか、いろいろな選択肢があると思いますが、仕事というのは金になるものだけをいうのではありません。そのことによつて喜びを見いだせるか見いだせないか、大切なのはそこでしょうね。それが元気と活力にあふれた、楽しく明るい日々の源になると思うんです。自分は何に喜びを感じるのか、それを識ることこそが次の生き方につながっていくのではないでしょうか。
僕は今、点描画を描く時間が一番多いのですが、これは70代に入ってから始めました。モチーフは木のみです。スケッチブックにペンで無数の点を打ち、幹の丸みや陰影を出していくのですが、ペンの芯にも大、中、小があり、色があり、それを混ぜて打ち込んでいくうちにはまってしまいました。何よりも無心になれるのがいいですね。なぜ木だけなのですかと聞かれますが、木はお化粧しません(笑)。年輪を重ねた自然のままの木の表情が好きなんですね。
今年、一年を振り返ると、新しいドラマを創ったことで、様々な往来がありました。高齢者は朝が早い人が多く、昼の時間もたっぷりある。そこに向けた大人のドラマがなぜないのかという同世代の疑問と要望に応えた昼ドラマで、おかげ様で好評だったようです。
こうして、新しいことに挑戦したり、絵を描いたりしているとドーパミンが出るのが分かりますよ。だから、老人こそ恋をするべきだと僕は思っているんです(笑)。ときめきほど心と人生を活性化させるものはありません。

                                    by 「美感遊創」No 183





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